「福田−安保理論」をベースにした、自律神経と免疫に関する話を集めてみました

運営者について

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運営者について

1998年のことです。当時、私は出版社で編集の仕事に就いていました。安保徹先生(新潟大学大学院医歯学総合研究科教授)の単行本の企画が会議で通り、安保先生に連絡して、会いに行くだけとなっていました。ところが、安保先生に連絡を取る前に、同じ会社の雑誌の編集者から、「福田稔先生の本を出したいので、連絡を取ってくれないか」と言われました。

福田先生は、安保先生が書いた『未来免疫学』(インターメディカル)に出てくる安保先生の共同研究者です。安保先生に先に会うのも、福田先生に先に会うのも、どちらも同じことだと考えました。

そして、すぐに福田先生に電話をしました。すると、福田先生から「いますぐ来てくれ」と言われましたが、「いますぐには行けません」と返事をしました。「じゃあいつ来れるんだ」と福田先生がおっしゃるので、「明日、うかがいます」と思わず返事をしました。福田先生は、「じゃあ、明日の朝一番で来てくれ。新発田の駅に迎えに行くから」と。

翌日、東京駅から朝一番の上越新幹線で新潟に向かい、新潟駅から白新線に乗り換えて新発田駅に着きました。駅には、当時福田先生が勤務していた病院の事務長が迎えに来てくれていました。事務長の運転で病院に着き、すぐに白衣を着せられ、治療を見学しました。福田先生の第一声は、「遅い。もう20人ほど治療をしたぞ」というものでした。

午前中は外来患者さん、午後は入院患者さんの治療を見学させていただきました。編集者として、いままでいろいろな先生の取材をさせていただきましたが、福田先生の治療効果には驚きました。手足の爪の生え際数カ所と、頭頂の百会(ひゃくえ)を注射針で刺激するだけの治療で、その場で変化が現れます。

脳梗塞後のリハビリ患者さんの低下していた握力が倍になる、杖をついていた方がその場で正座ができた、といった「???」の世界です。診療が終わった後、新潟市内で福田先生と新幹線の終電まで飲みました。

こうして福田先生と出会い、後日、安保先生の教授室にもうかがいました。教授室に貼ってあった「独創を為すためには異端であらねばならない」という言葉が印象に残りました。当時の印象は、福田先生は「猪突猛進」、安保先生は「思慮深い」という感じでした。

刊行は翌年になりましたが、無事、福田先生の最初の著書『難病を治す驚異の刺絡療法』が出版されました。

福田先生も安保先生も、「患者さん本位の医療」に変えたいとの信念から行動です。「自己治癒力」を医療の根幹にしたいと考えています。福田先生がいつもおっしゃっていた「人間は治るようにできている」、また安保先生がおっしゃっている「免疫は間違わない」という考えが、世界に広がっていくことを信じています。

今の常識からは、すぐには受け入れ難いとは思います。しかし、生活習慣病が増え続け、医療費も増え続けています。この現状を変えるには、今までとは違う考え方に価値があると信じています。

福田先生がおっしゃっていた「医療を変えていかんばならん」という想いが実現でき、「人はだれでも自分で病気を防ぐことができるし、自分で病気を治すことができる」という世界が実現する一助になりたいと考えています。

2016年5月

T・橋本

東京都杉並区 在住
福岡県出身
50代、男性

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